荒野(桜庭一樹)

荒野

荒野

何よりもまずは、これを始めファミ通文庫で出版させた、編集に敬意を。
と言いつつ、ファミ通文庫版は読んでいないので、どれくらいかわっているとかわかんないけど。


ひとりの少女──荒野が、古都鎌倉を舞台に、少女から大人へとかわり始める、その瞬間──10代という、貴重でかけがえのない時間を切り取った、

 いまだけ!
 恋は、いまだけ!

という小説です。
赤朽葉とか私の男のような、鬼気迫るまでの感覚というのはないものの、代わりに、読んだあとの爽快感というか、前向きになっていく感覚があるのは、ボクが男だというせいだろうか? 女の人が読んだら、やっぱり感想はかわるんだろうか?


で、ちょっと脱線。
荒野の父親、山野内正慶の職業は小説家です。で、舞台は北鎌倉ということで、自然と、彼がいわゆる文豪タイプの小説家であることは、容易に想像できます。
ここでそれが容易に想像できるかどうかで、小説の読み方が少し変わってくるんじゃないかと。
悠也と荒野が、神保町の古本屋に行くシーンがあります。
そこに積み重なっているのは、古い本──古い小説──いわゆる文豪と呼ばれる人々の小説な訳です。
そこで、

「どうしてだろうね。欲しい本は、どれも高いんだ……」

と、本──つまり、文豪──父親──大人というものが、簡単には手に入らない、ということが隠されているわけじゃないかと。
それじゃあ、代わりに手に入るレコードは何なのか?
悠也は、登場したときから、レコードを聴いていました。
そして、荒野もレコードを聴きます。
音楽は、彼、彼女の隣にあり、影となり支えていきました。
この、小説と音楽の違いはどこからくるのか?
それは、たぶん、どちらかと言うと音楽の方がプリミティブだからなんじゃないか、と思う。
小説は、形而上的であり、精神的に発達──大人にならないと、それを理解する事はできない。
でも、音楽は、理解するよりも先に「感じる」ことができる。
それ故、だんだんと大人になるにつれて、音楽の出番は少なくなっていく。


まぁ、ここまで考えて読むのが、正しいかどうかはわかんないけど。