2012年のセリオさんの誕生日
というわけで、2月12日はTo Heartのセリオさんの誕生日です。
もちろん今年もお祝いします。
当然です。
伝言を伝える手段にもたくさんあります。Eメールを送ったり、ボイスメールを残しておいたり、と、テクノロジーの進化によって、簡単に誰かに伝言を伝えることができるようになりました。しかし、いくら技術が進歩しても、アナログな手段にこだわる人が多いというのも事実です。わたし──科学技術の粋を集めて作られた、HM-13セリオの視点からいくら分析しても、わざわざ手書きでメモを残す、というのは合理的な解答が得られません。
「本当に、どうしてでしょうね」
わたしの手には、マスターが書き残したメモが握られています。
まるっこいとか、かわいいとか評判の字です。決して、読みやすいとは言えない字。
書かれてる内容は、わたしへの言づて──仕事で遅くなるから、と買い足しておいて欲しいものをメモに書いて渡されたのです。
「ふむふむ、ええと……A5のノートに、メモパッドに……」
駅前の文房具店で、さくさくと買い物をすすめます。
それにしても、見事に手で書くための道具ばかり。ええと、マスターも、一応はちゃんとコンピュータを持ってるはずなんですけどね。コンピュータを使った方が、編集もしやすいし、他の人と共有もしやすいし、便利だと思うんですが、なぜかマスターは手書きにこだわっているのです。
「万年筆のインク──これですね」
マスターが愛用しているメーカーのカートリッジも忘れずに。
「あとは──ん?」
最後に書いてあるものが、ちょっとよくわかりません。
「『セリオが選んだ万年筆』? わたしが選んだ?」
これは、どういうことでしょうか。
文房具にこだわりのあるマスターのペンを、わたしが選んでも良いのでしょうか?
むぅ……よくわかりませんが、とりあえずは選びましょう。
「それにしても、たくさんあるのですね……」
ガラスのショーケースの中には、きれいな万年筆がたくさん並べられています。
軸のまわりを可憐な装飾で彩った万年筆。
シンプルながらも、艶かしいフォルムが美しい万年筆。
どれも、ただ書くだけの道具には思えないような、そんな輝きを放っています。
「──どのようなものをお探しですか?」
悩みながらショーケースの中を覗いていると、上品な声で店員さんが話しかけてくる。
「あ、え、ええと……どういうものが良いのでしょうか?」
これだけたくさんあると、どういうものを選んで良いのか、まったく見当もつきません。
「そうですね……はじめての万年筆ですか?」
「はい……」
確かに、わたしが自分で選ぶのははじめてです。
「それでは……こちらなどどうでしょう? お客さまのようなきれいな方には、こういったものはどうでしょうか?」
そう言って彼が出してくれたのは、きゅっとした曲線を描いたオレンジ色の軸がかわいい、小振りな万年筆。
「すごくきれいです」
手に取ってみると、まるでわたしのために作られたかのように、すんなりと手になじみます。
「万年筆は、オーソドックスな黒い軸のものだけでなく、白、ブルーなど、様々なものがありますので、その時の気分や、アクセサリーのように自分のイメージカラーを選ぶのも良いですよ」
あぁ、確かに、この軸のオレンジは、わたしの髪の色とお揃いです。
「それでは、ためしに書いてみますか?」
彼はそう言いながら、ブルーのインクと白い紙を用意する。
「良いのですか?」
まだ買うとは言ってないのに……
「どんどん試し書きしてください! 万年筆は書くための道具ですからね。書いてみてはじめてわかることもあるんですよ」
わたしから受け取ったペンの先を、インクの中につける。
「はい、どうぞ」
そして、また渡される小さなペン。
「それでは……」
すぅ、と紙の上をペンが走る。
「ボールペンなどと違って、とても軽く書けるでしょう? 書いていくうちに、あなただけの線が紙の上に踊るんですよ」
「それは、素敵ですね」
わたしが書いた、わたしだけの字が、紙の上に描かれています。
「はい。ペンは、字を書くだけの道具かもしれませんが、でも、それだけじゃないのですよ。──そのペン、この方へのプレゼントですか?」
「え? あっ」
彼が指差したのは、わたしが紙に書いたマスターの名前だった。
§
「というわけで、買ってまいりました」
夜、遅くまで仕事をして帰宅したマスターにご報告です。
「うんうん、よーし、偉いぞ、セリオ」
むぅ、そんな頭をなでなでされて喜ぶようなわたしでは──
「えらい偉い」
なでなで
「偉いからたくさん褒めてあげよう!」
なでなでなで
「で、ですから、そんな撫でられて喜ぶようなわたしでは……」
なでなでなでなで
「はぅ……」
わたしの負けです。
「そうそう、素直に認めれば良いんだよ」
「──複雑です」
「ところで、どんな万年筆を買って来たのかな?」
「はい、これです」
と、かわいらしい箱から、かわいい万年筆を取り出します。
「おぉ、ドルチェビータのミニか……うん、とっても良いのを選んだね」
よしっ! 褒めてもらえました。
「それじゃあ、はい。これ、セリオにプレゼント」
マスターは、そう言ってわたしにその万年筆を渡してくれました。
「え? マスターが使うのではないのですか?」
「だって、これはセリオが選んだ万年筆でしょ?」
「え、ええと……確かにそうですが……」
「それに、このドルチェビータ、セリオにぴったりな色だしね。ぼくが持つよりも、セリオが持ってた方が、絶対に似合うよ」
そう言って、さらりと髪を撫でてくれます。
「でも、わたし、あまり文字を書く機会は……」
「だったら、ぼくに手紙を書いてくれないかな?」
髪を撫でていた手が、いつの間にか頬に触れています。
「手紙……ですか?」
「うん。こうやって直接言葉を交わすのもいいし、触れ合うのも良い。でも、文字というのは、またお互いに違った面が見えるものだよ」
重ねられた手が温かい。
「わかりました──それでは、マスターに手紙を書きますね」
「楽しみに待ってるよ」
口で伝えるよりももどかしく、コンピュータで伝えるよりも不便な文字。
「──万年筆はね、ずっと大切に使えば、その人だけのものになるんだよ。書く人と一緒に生きていく道具なんだよ」
ずっと大切に──一緒に生きる──
「それでは、わたしは、もう、マスターだけのものですね」
「え? ちょっ、ななな、何をいきなり」
「マスターは、わたしを大切にしてくださらないのですか?」
「い、いや、セリオはすごくというか、一番大切だけど、それはそれで」
あたふたと照れた表情を隠そうとするマスター。
「マスターがそんなにかわいいから、書く文字もかわいいんですね」
長く、長く、いつまでも、わたしの心が、マスターの心に伝わりますように。
そして、マスターの心をいつまでも感じていられますように。
その祈りを、文字に込めてマスターに渡そうと、わたしは誓うのでした。
"My Heart,My Text" is over.
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