老ヴォールの惑星(小川一水)

ええと、たぶんこういうのがSFなんだなぁ、と思う非SF者です。
短編集です。どの作品にも、先に進む意志というか希望というか、最後にそういうものがあります。一から社会を作り出していったギャルナフカの迷宮や、主人公の変遷とラストがとても感動的な漂う男から、「何がリアル?」という問いかけを発しているような幸せになる箱庭、特異な知性体を見事に描いた表題作にまで。
特に、この表題作は非常に素晴らしいと思います。
一応地球人類とのファーストコンダクトだったりしますが、あくまで地球人は脇役。
主役はヴォールです。
ヴォールにとって、いったい希望とはなんなのか? 人類と全く違った生態である彼らのそれが、人類と同じであるはずがないです。死という概念すら、人類とは全く違います。
しかしながら、それを超えて最後のテトラントのせりふが響いてくるのですよー。


さて、最近だと桜坂洋スラムオンライン上遠野浩平の諸作にもあるように、コンピュータ技術の発展によって、ヴァーチャルリアリティーというのは避けて通れない問題になってきました。
情報技術とネットワークの発展によって、これまで障壁だと考えられてきたものが、人のコミュニケーションを妨げなくなってきました。
時間だとか距離だとか、簡単な言葉をやりとりするだけなら、これらはすでに障害として成り立ってはいません。さらには、ビジュアルですらもこれに追随しようとしています。
リアルタイムで、という制限さえ取っ払ってしまえば、映像だってリアルなもの以上を作り出すことができます。今まで「現実っぽい」を目指していたCGは、すでに「現実ではありえないもの」を作り出すことができるようになってます。
脳みそに直接電極つっこめば、視覚聴覚だけでなく、触覚や嗅覚味覚まで感じられるようになるかもしれません。まぁ、実際そういう技術ができるときは、直接電極つっこんだりするんじゃなくて他の方法になるかもしれませんが。
そいうことが、現実になるまでは、たぶん長い時間がかかると思います。技術的に可能になったとしても、それだけのものを支えるインフラにいったいどれくらいの費用がかかるのか? さらには、そうすることに金をかけるだけの意味があるのか? これらの問題ーーつまりは、技術以上の問題が立ちふさがることは明白なので。
というわけで、実際のところは、しばらくこういうコミュニケーションの変革が意外に速いスピードで、でもゆるゆる〜っと進んでいくんじゃないかと思います。
思えば、こうやって日記を書いたりしてそれを全世界に向けて発表するなんて、10年20年前には考えられなかったことですし。
まぁ、つまりは、これくらいのゆるゆるなへんかがずーっと進んでいくんだな、ということで。

[Today's tune]車輪の下/ART-SCHOOL