小説的I/O

少しでも、自分で何か書いてみたことがある人なら心当たりがあると思うけど、何かを書くときには、決して無から何かが生まれてくるわけじゃなくて、自分の中に貯めてあるものから何か、書きたいものが生まれてくると思っている。
いや、どうしてこんなことを言い出したかというと、とあるマイミクの日記に、インプット/アウトプットについて書いてあったからなんだけど。
で、インプットは小説を読んだり音楽を聴いたり、映画を観たり、とわかりやすいんだけど、アウトプットをどうするのか? というのは難しいよね、と。
本気で書評とか書くと、それだけで十分にアウトプットになるし。もちろん、インプットを元にして、そこから新しい自分の小説を書くこともアウトプットだろうし。
書評も自作も、と考えると、ひとつのインプットに対して複数のアウトプットを行わなければ行けないわけで。もちろん、書くと言うことは単純じゃなく、インプット:アウトプット=1:1になるわけじゃないのはわかってるけど、ほら、モチベーションの問題? とか。
世の中には、「まともな」書評をして、自分でも小説を書いて、という人もいるけど、少なくともボクはそんなに器用じゃない。
だったら、いったいどうしているのか? と言えば、どちらかに力を入れすぎないようにしているわけです。
逃げです。
ダメです。
今は、明らかに「書評」というものはしていません。
ほら、ボクの書く本の感想って、いい加減ですよ?
ただ、「小説を書く」といっても、I/Oが1:1じゃないので、1冊ごとに何かを書けるわけでもなく、だったらどうするかというと、「読んだ」ことによっておこる「一次的」な反応を反射的に書いているわけです。
それが、この日記における本の「感想」の基本仕様です。
ボクという極めて個人的なモジュールのI/Oなので、出力されるデータはボクというストレージに蓄えられているデータと密接に結びつき、ほかの人にインプットされる形式でインターフェースされているとは限りません。
まぁ、つまりはどういうことかというと、ボクがこうして書いているテキストは、実のところ「小説」でも「書評」的なものでも、あまり変わりはないんじゃないかな、ということです。
とりあえず、あまり周りを気にせず、自分のペースでアウトプットしていけば良いんじゃないかと。まぁ、アルファブロガーとか目指すなら、話は別だけど。

[Today's tune]I'm A Loser/UNICORN