2009年セリオさんお誕生日記念SS

さて、みなさまご存知の通り、2月12日は、セリオさん@To Heartのお誕生日です。
1日早いですが、例年のように、お誕生日記念SSを書いてみました。
もう、To Heartなんて古いんだよ! とか、色々言われるかもしれないけど、
しょうがないじゃない! 好きなんだから!
というわけで、セリオさんのために書いたSS、どうぞ……


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恋待抄


ふう、とためいきをつく。
風が冷たい二月の昼下がり。マスターはお仕事中。わたしは、ひとりで彼の帰りを待ちます。壁に守られた部屋の中のはずなのに、こんなにも冷たく感じるのはなぜなのでしょうか?
かたり、と音がするたびに、こんな時間に帰ってくるはずもないのに、期待してしまう。ロジックではわりきれない想いがサーキットを駆け巡る。何も感じないはずなのに。動悸、脈拍、そんなところには、表れない感情の動き。──そのどちらも持っていないはずなのに。CPUは狂ったように、メモリの中からあの人の姿、声、温もりを探し出そうとしている。いくら見ても、いくら再生しても飽き足らない。まだまだ、もっと、欲しいの。
彼の使うマグカップに、そっと手を触れる。柔らかいミルクガラスの感触。まるで、彼がほんの少し前まで触れていたかのような、温もり。そんなの錯覚。わかってる。センサーの異常じゃなくて、感じる心──データを処理するプログラムの異常。いいえ、違う。異常なんかじゃない。わたしが彼の──マスターの元へ来て、そして、二人で暮らして、たくさんの時間を二人で過ごした、その積み重ねから導き出される当然の帰結
──わたし──来栖川重工が誇るメイドロボ、HM-13セリオは、マスターに惹かれている。
握ったマグカップ、今朝彼がコーヒーを飲んでいた、その場所に、そっと口づけた。


赤橙に染まる家々。
何事もなく過ぎようとしている一日。
オレンジに包まれた部屋、わたしの髪がとけこむかのように。
帰ってくる彼のために、もうそろそろ夜ご飯の準備をしなくては。放っておくと、ろくなものを食べようとしない。栄養とか何も考えないで、自分の好きなもの、食べたいものだけ食べようとするんだから。
そんな、少し子供っぽいところを思い出して、くすりと笑う。
でも、きらいなものでも、わたしが作ると、おいしいって言って残さず食べてくれる……好きなものだけ作れって命令することだってできるのに、決っしてそんなことをしようとはしない。メニューは全てわたしにおまかせ。
「 考えるのが面倒だから」
なんて言っていたけど。
でも、今日は彼の好きなものを作る。
だって、今日は、わたしと、彼の大切な日だから。


いつもなら、もう帰宅する時間なのに……そう思いながら、時計を眺める。
もちろん、体内時計は、NTPで正確な時間にあわせている。でも、こうして壁にかかった時計を見上げるのが好きだ。彼と二人、大きな家具屋さんで選んだ時計だから。わざとらしく、一、二分ずれている時計。短い針が、いつの間にか「7」をこえて「8」の近くに。待ち続けるのは慣れている。だって、毎日彼の帰りを待っているのだから。
手に持った包みを、そっと握りしめる。
少しずつお金を貯めて、今日、彼に贈るために買ったプレゼント。
彼は、喜んでくれる? ありがとう、って言ってくれる?
自信が持てない。
だって、わたしは生身の女の子じゃない。
機械の身体、0と1で構成された心。
シリコンと細い金属で繋がれた回路に生まれた恋心。
受け入れてもらえる?
不安ばかりが大きくなる。
愛して欲しい。これは、高過ぎる望みなの?
いくらロジックを積み重ねても、何度演算を繰り返そうとも、答は出ない。


そして、すっかり夜の闇、ハロゲンランプが部屋を照らした21時。
やっとドアの鍵を開ける音。待ち望んだ音。
なのに、こんなに怖いのはどうしてなの?
ハートビートは、異常値を示している。ヒートアップしたCPUは、今にも燃えあがりそう。気がつかない間に、立ち上がり、玄関へと向かう。
そこには、靴を脱ぐ彼の姿。
「おかえりなさい」
わたし、今どんな表情してるの? 自分の身体なのに、全然制御できてない。
「ただいま。ごめんな、ちょっと遅くなって」
そう言って、優しくほほえんでくれる。
そして、またわたしのCPUが温度を上げる。
「本当です。遅くなるのなら、連絡を入れてくださいと言ってるじゃないですか」
もう、どうしてわたしはこういう言い方しかできないの?
「ごめんごめん。ちょっと寄るところがあってね……」
そう言う彼の手には、小さな紙袋。
期待と、もし、それが違ったら? という怖さ。知りたい? 知りたくない? このまま時間が永遠に止まってしまえば、と思う。そうなれば、わたしはずっと恋していられるから。
「そう、ですか……」
でも、進まなきゃいけない。時間は止まらない。
この世界は、あまりに広く、未来は遥かに遠い。留まり続けることはできない。
「あ、ちょっと待って!」
呼び止める彼の声。
「なんです? 夕食なら用意していますよ?」
もう、夜食という時間だけど。
「いや、その前に渡しておこうと思ってね……」
そして、あの紙袋をわたしに渡す。
「あの──」
「開けてみてよ」
「はい……」
言われるままに袋から綺麗にラッピングされた包みを取り出し、包装をていねい解く。
中からは、掌に収まるような、小さな箱。
意を決っして、それを開ける。
そこには、銀色のリング。
「これ……」
「セリオに……誕生日だから……」
恥ずかしそうな顔。
「そして……二人でこれからもずっと一緒に、って」
わたしの手を取って、リングをそっと指にはめる。
それは、左手、薬指。


計算できない想いが、わたしの顔に表情を作った。
幸せの表情を。


"Wedding ring" is over.


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[Today's tune]街の輪郭/ACIDMAN