マロドゥック・ヴェロシティ3(冲方丁)

マルドゥック・ヴェロシティ 3 (ハヤカワ文庫JA)

マルドゥック・ヴェロシティ 3 (ハヤカワ文庫JA)

3週連続刊行、マロドゥック・ヴェロシティの終焉。
待ちに待った/読むのが怖かった。待望、渇望、焦燥を持って読み進める。そして、今、こうして感想を書こうとする。しかし、言葉は出てこず。ただ、空虚に想いのみが空回り。加速──何からの? 追いすがる過去を振り払う。何度も現れる幻影。知らず、捉えられる。逃げようとする──逃げられない──引きずり込まれる過去。暗黒。失墜。落下──落下──落下。重力を操る男が、堕ちてゆく先は地獄か、それとも天国か? 彼をつなぎ止める存在は、墜落する魂の匂いをかぐ。追いすがる過去のない──作られた存在。それ故、堕ちてゆくものを哀れみ、拒絶する。そう、この物語は、迫り来る虚無から逃げられなかった、哀れな男と、彼を見つめる無垢な魂の物語だったのだ。無垢な魂は、穢れなき故に、己の存在のあまりに脆弱なるを知り、穢れゆく男は、パートナーを汚してしまうことを恐れた。いや、恐れたのは己が堕ちてゆく事実を自覚すると言うことか。どうして、これほどまでに苦しいのか。なぜ、これほどまでに哀れなのか。ひとりが、誰かのためになる。それが、有用性。ならば、ひとりが全てに、全てがひとりに、総和の無の目的はなんなのか? 問え。ひたすらに問え。それこそが、小説の存在している理由。写し鏡のような敵。信頼という名の裏切り。絶望という名の期待。頼る存在、頼れる存在を失うと言うこと。前に進もうとするたびに、汚れていく両手。ひとりひとり倒れるたびに、闇に近づく。未来が、加速していく。そうだ、これは、止まることのない世界。加速度が、停滞を許さない。全方位に向けて加速していく。未来も、現在も、過去も、全て超越した場所に向けて。それが爆心地。生誕地、死亡地。目的は、到達すること/永遠にたどり着かないこと。加速し続け、そして、たどり着いてはならない。開集合の終焉部。そう、世界は開いている。天国への階段という名の檻の中で。

[Today's tune]The Fall Of Saigon/This Heat