密室と奇蹟 J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー

というわけで、噂の生誕百周年記念アンソロジーです。
せっかく八人もの作家が、それぞれのカーに対する愛を存分に作品で表現しているのだから、何かの章を挙げたいと思うのです。

カーが脚本を書いた推理ドラマの本番中に起こるひとつの事件。
探偵は、やはりカー!
ラジオドラマの中の事件と、実際に事件と、両方から目が離せない展開です。
そして、ラストの趣向がまさにアンソロジーだからできた、というか、ファンには嬉しいよなぁ、と。

  • ショタ賞 少年バンコラン! 夜歩く犬/桜庭一樹

桜庭一樹が書くカーへのオマージュは、名探偵アンリ・バンコランの少年時代の事件。
あー、このアンソロジーの中では、一番カーの雰囲気が出てたんじゃないかな、と思います。
というより、すごい良かった。
短編ながらも、夜歩く人面犬に、華麗にして猥雑なダンスシーン、闇に浮かぶモンマルトルの情景など、カーの特徴のようなものがとてもよく感じられました。
それにしても、バンコランきゅん。
いや、もう、恥ずかしげもなくきゅんとか言っちゃうよ?
純粋さと、機知と、批判精神を健全に持った、良い少年だなぁ、とか。
もう、恋だってしちゃってるしね!

いや! いつもの通りだな!
忠臣蔵からどうやってカーに繋げるのかと思えば、そうきたか!
まぁ、密室自体はなるほど、とは思ったけど、結構あからさまに伏線貼られているので、途中でわかっちゃうよ? と。

あの、普通に結構良かったんですけど。
結構きれいなトリックだなぁ、と思います。
ちょっと、この人の普通のやつ読んでみようかなぁ、と今更ながら思ったりしました。

いや、これはもう解説不能
こういう冷めた狂気、というか、冷静な発狂というか、何とも言えない魅力がありますね。
自身の解説に、火刑法廷とありましたが、まさにあのラストシーンですよ。
全てが論理的に収まったと思った瞬間に突きつけられる、闇への落とし穴。
一瞬にして失われる平衡感覚!
もう、素敵。

  • 微妙なカーそっくりで賞 幽霊トンネルの怪/鳥飼否字

何となく、微妙に良いような悪いような判断が付けにくいときのカーそっくりだなぁ、と。
いや、悪くはないんですよ?
でも、それって結構しんどくない?
と言うときの。多分、カーマニアならわかっていただける感覚なんじゃなかろうかと。

  • あんまり定理じゃなくね? 賞 ジョン・D・カーの最終定理/柄刀一

定理と言うよりは、よくわからないヒント、と言った方がしっくり来る内容でした。
いや、多分ね、もともとそっち系のお勉強してたんで、定理とかそういうものの字義的なものにはこだわりというか、はっきりとした認識というものがあるので。
きっと、それほど数学に触れたことがないような人には、それほど違和感ないタイトルなんだろうけどなぁ。
内容は悪くなかっただけに、ちょっと残念。
──久しぶりに、柄刀一でも読むかなぁ。

それで、まぁ、アンソロジーと言うことで、こういうバスティーシュものがあることはわかってたんですよ。他の作者も、大なり小なりバスティーシュものだったわけだし。
でもね、これ、たぶん、彼の中にあるカーじゃないんですよ。
うまく言えないけど。
カーそっくりの作品が読みたいんじゃない。
八人もの現役作家──それも、本国からは遠い日本の作家たちが、自分たちの中にどんなカーを持っているのか? それを思う存分ぶつけて、そうして生まれたものを読みたかったんですよ。
まぁ、そう思っているのはボクだけかも知れないけど。
とにかく、中途半端だなぁ、と思ったりするのですよ。
確かに、事件自体はカーそっくりと言っても良いかもしれない。
一応は、恋愛事情も入ってる。
事件の導入なんて、カーの作品にいくつあるのかわからないような感じだし。
でも、どれもが中途半端に終わってる印象なんですよね。
カーがどれだけトリック以外のところで読ませようとしているのかが、逆説的にわかりました。


というわけで、個人的に一番好きだったのは、桜庭一樹のでした。
いや、本当に良かったと思うですよ。うん。
それじゃあ、次はゴシックの新しいのを読むかな。

[Today's tune]Hand Of Blood/Bullet For My Valentine