あなたが、いなかった、あなた(平野啓一郎)

あなたが、いなかった、あなた

あなたが、いなかった、あなた

平野啓一郎の最新短編集。
自身、第2期の集大成と位置づける、意欲的な短編集です。
ああ、アレだ。圧巻。
圧倒的だ。
文学だとかラノベだとかエロゲだとか騒いでいるボクが、バカらしくなった。
ボクがそんなことを言っている間に、彼は遙か先まで行っている。
崩れ落ちる。メタファー。地下から地上へ。明るさ。危うさ。一文の切れ味。二重構造。情熱。冷えていく。異国。インプロゼーション。落下。電子的な穴空け。空白。虚無に埋められる紙面。光が、全てに。駆け引き。綱渡り。独白。人生。精神、感覚、身体、喪失。同時並行的な螺旋の構築。繰り返しは、徐々にずれていく。微かな違和感。生命の樹。絆。色彩。256階調。煌びやかな陰り。遠い世界。映像。身体感覚と精神感覚の差分。理解することと感じることのdiff。偽善者と露悪者のささやかな幸せ。
あなた。
ボクから、あなたへの。
メッセージ。
構造的に、「文学」的に、社会学的に、精神学的に、様々な方法で読み解くことができるだろう。
しかし、それすらもすでに予測されている。
読むという行為の限界。
書くという行為の逸脱。
楽譜に落とした音楽が味気ないように、解説した小説は意味がない。
それを味わうためには、しっかりと読んで、味わうしかない。
だから、どうぞ、あなたも──そこに、「いなかった」、あなたも。


まぁ、そんなわけなんだけど、ふと、本格ミステリに今必要なのは、平野啓一郎なんじゃないか? と思った。
いや、もちろん、そのままの意味で平野啓一郎にミステリを書いてほしいというわけではなく、いや、そんなことになったら小躍りして喜ぶんですが、どういうことかというと、彼のように、連綿と続く伝統を踏まえつつ、最先端で自ら未知を切り開いていくような、そんな作家が必要なんじゃないか、と言うわけです。
別に、今の作家がそういう意欲に足りないかというと、そういうわけではないと思うけど、これほどのことをやっている人がいないのは確か。
はっきり言うと、平野啓一郎は、ミステリでやれば三大奇書レベルのことを1作ずつやっている、と言う印象があるんですよ。──と言ったら言い過ぎかしら。
でも、個人的には、それほどに挑戦的で刺激的な小説だと思っている。


だから、なんというか、最近はいろいろと考えてたりもするけど、この1冊が、そういうくるくるまわる問いの答えのひとつになるんじゃないかな。
「文学」が「高尚」だという人には、この「あなたが、いなかった、あなた」がどのように「高尚」なのかを説明してほしい。
「エロゲ」だって良いじゃない、と言う人には、「あなたが、いなかった、あなた」の中に見える、エロゲ的構造にも注目してほしい。
両者は不可分な状況にあるのだから。

[Today's tune]The National Anthem/Radiohead