帝都衛星軌道(島田荘司)

帝都衛星軌道

帝都衛星軌道

mixiの島荘コミュで、ちょっとした議論のあった作品です。
確かに、御手洗ものに多くあるような派手なトリックがあるわけじゃないので、そういうのだけを目当てにしていると、つまらないと言うのもちょっと分かる気がします。
……ものすごくちょっとだけですが。
吉敷ものとか、ノンシリーズを読んでる人には、結構納得できるものだったとは思うんですが。
では、まずは中に挟まれている「ジャングルの虫たち」について。
若い頃の話、というのは島荘ではよくあると思うんですが、これほどに苦み走ったものは珍しいと思います。……まぁ、島荘の著作全部を読んでいるわけじゃないので、自分の知らないところでたくさんあるのかもしれませんが。「異邦の騎士ISBN:4062637707」のように、そのころのことを思いだして、良かったなぁ、とかそういう感想を持てるような、そういう話じゃないです。
良いか悪いか、という判断は別にして、自分の中に大きな、決して消えない痕跡を残すような出来事、というのは変わらないものですけど。
昭和の街の猥雑な雰囲気と、ラストの方の酒場の、幻想的なイメージ。
そこがひとつに繋がっていくのが、島荘マジックだと思うのですが、いかがでしょうか?
さてさて、さっさと次に行って表題作「帝都衛星軌道」。
これは確かに、トリック中心で行ってるときの島荘じゃないです。
山手線での無線のトリックだって、ちょっと鋭い人とか、日常的に山手線沿線を使ってる人なら、何となく察しはつきそうなものだし。
しかし、実際のところは、そのトリックを使ってまで何が言いたかったのか? というのが重要だと思うんです。
歪な形に発展していった東京という街の姿と、こういう結果しか得ることができなかった、男女の間柄というか、そういうものを対比させているんじゃないのかなぁ、と思うわけですが。
特に、ラストの方の話というのは、ああ、これが書きたいが為に、東京という街の、これを使ったのか、と納得できました。
派手なトリックはなかったけど、島荘らしい「巧さ」があったんじゃないかと思います。


で、やっぱり、島荘が追い掛けている死刑問題などの社会問題が重要なテーマになっていましたね。
……帯に自信作って書いてあるからそうじゃないかなぁ、とか思ってたんですよ。
この問題っていうのは、そうそう簡単に結論がでるようなものじゃないだろうというのは、私のような頭の良くない人間にも、何となく理解できています。
だったら、そう言う難しいことは専門の人に任せておけば良いんじゃない? ということがあるかもしれませんが、それは絶対にあってはならない態度だと思います。
いつ何時、自分が事件の当事者になるか分かりません。
被害者になるかもしれないし、故意じゃなくても加害者にだってなり得る。
もしそうなったときに、自分がどのような行動をとるのか?
そのときが永遠に来なかったとしても、自分の隣の人間が、その渦中にあるかもしれない。
それに、近いうちにはじまる裁判員制度
今度は、裁判を受ける側でも、見守る側でもなく、私たちひとりひとりが裁く側にまわります。
実際に、自分は人を裁くことができるのか?
この覚悟だけは、持たなければいけないと思います。
その時に、逃げることなく、まっすぐに前を見られるように。

[Today's tune]夢の降る夜/池澤春菜