バカとテストと召喚獣と勉強論

というわけで、バカテスで秀吉か霧島さんか悩んでいるのもなんなんで、何か書いてみる。


「学校の勉強なんて、何のためにやるの?」
というのは、学校に通ったことのある人──つまり、標準的な日本国民ならだいたいが感じたことのある疑問だと思います。

  • 数学なんて、足し算引き算ができれば十分なんじゃね?
  • 歴史なんて、使うところねーしwww
  • 古典なんて、読まないしw
  • 物理とか、生きていく上で必要ないよ

などなど、こんなことを言ったことがある人/聞いたことがあるのではないでしょうか?
確かに、生活する上で、「大化の改新は何年?」とか問われることはないし、投げるボールの運動量を計算することもないでしょう。


だったら、なんで6+3+(3+4+α)も勉強するのか?
ちなみに、633で12人なので、天使のしっぽを思い出したので、アカネ俺の嫁宣言しておく。


どうして勉強するのか?
個人的には、能力を上げる、処理能力を上げる、基本スペックをあげるために、勉強するのだと思います。


基礎的な能力、知識がないと、いろんなものを楽しむことはできません。
例えば、ちょっと前にこんな話題がありました。
痛いニュース(ノ∀`):「ソ連って何?」「ナチスって何?」“若者の活字離れ&知的レベル低下”で映画字幕業界が四苦八苦
映画というのは、いわゆる総合芸術とか言われていたりもして、カメラワークや色彩などの美術的観点を理解できる能力、音楽への理解、台詞を理解するための国語能力、ストーリーの背景にある社会情勢、歴史的背景などなど、ただ見るだけならぼーっと2時間眺めてれば良いだけですが、その映画が、監督や俳優が何を主張しているのか? というところがわからないと、高いお金を出して映画を見ても無駄になります。
ランボーはなんで、あんなに暴れたん?」
という疑問に答えることはできますか?


そして、さらには、大人になってからいろんなものに興味を持ったときに、基本スペックが足りなければ相当な遠回りをしなければ行けないです。
例えば、写真に興味を持てば、光学の知識が必要になるし、スポーツが好きになったとしても、国の歴史とかを知っていれば、ワールドカップもまた違った目線で楽しむことができるでしょう。
音楽好きなら、電子工学、物理は覚えておいて損はないです。電気のこと知らなきゃ、アンプの自作もできないですよ?


と、そんなわけで、つらつらと書いてきましたが、個人的にはもうちょっと国語の勉強してれば良かったなぁ、と思うことしきり。
いやですね、こういうところでテキストを書いてると、何となく覚えてるんだけどはっきりとは覚えていない文章を引用したり引き合いに出したりしたくなるわけですよ。
そう言うときに、非常に困るわけです。
もう、エラリィ並みにばしばし引用したいわけですよ! ファイロ・ヴァンス並みに知識をひけらかしたいわけですよ!
しかし、それができない自分の頭の悪さに絶望しつつ、ここいらで締めたいと思います。